十字架の丘
●4日目 2019年5月2日(木) 朝(リトアニア日付)

 予定変更があったものの無事十字架の丘に到着した続きです。


 さぁいよいよリトアニアを代表する観光名所「十字架の丘」を見学します!

 まだ8時だからか全然人がいませんね。これは人を気にせず撮影しまくれます。

 先に到着してる日本人2人がどこかにいると思いますので、急に遭遇したらビックリするかもしれませんが。

 とにかく十字架だらけで説明することもそんなないので、写真多めの記事になります。

十字架の丘
 木彫りのイエスキリスト。クオリティ的に日本のお土産でよく見る木彫りの熊を思い出します。


十字架の丘
 ローマ法王が訪れた1993年の記念碑でしょうか。

 ローマ法王が訪れたことでカトリック教徒にとっての聖地にもなりました。


十字架の丘
 なんか脇道があるのでメインの丘へは進まずこの道を行くことにしました。


十字架の丘
 道が分岐してます。割とすぐに見終わってしまうかと思ってましたが、これは結構見どころありそうな予感です。


十字架の丘
 ちょっと離れに十字架のある小屋がありました。

 あとで調べたらローマ法王が訪れるということで建てられた礼拝堂という凄い礼拝堂でした。もうちょっとしっかり見ておけばよかったです・・・。

 ちなみにここからちょっと離れたところに修道院があります。


十字架の丘
 丘を囲うように十字架が置かれてます。


十字架の丘
 十字架に挟まれた道。


十字架の丘
 丘と呼ばれるだけあって丘に上る階段があります。


十字架の丘
 見渡す限りの十字架です。地図を見ると左側には川があるようです。


十字架の丘
 磔にされていないイエス・キリスト像がありました。


十字架の丘
 青い十字架はかっこいいですね。


十字架の丘
 どこを行っても十字架ばかり。


十字架の丘
 外周を歩いたのでメインの正面?に戻ってきました。 右のキリスト像でけぇえええ。

 ここで簡単に十字架の丘について紹介。

 ここに最初に十字架が置かれたのは1831年のロシアに対する蜂起で犠牲となった人のための鎮魂ためといわれています。

 それから抑圧された民族や宗教の象徴の場となりましたが、ソ連時代には禁域とされブルドーザーでなぎ倒されたり燃やされたりと何度も破壊されました。

 それでもひっそり十字架を置き続け今までに生き残ったようです。そして1993年にローマ法王が訪問して聖地になり、2001年には『リトアニアの十字架の手工芸とその象徴』で無形文化遺産になっています。

 たまに世界遺産と紹介されてるサイトを見ますが、世界遺産ではありません。でもいずれなるんじゃないでしょうか。


十字架の丘
 十字架の丘はどこも管轄していない状態なので、いつでも誰でも出入り自由な状態です。十字架も自由に置き放題。

 十字架の数は約5万本というのをよく見ますが、これは5万以上ありますよ。羅将 href="https://livedoor.blogimg.jp/rm31ls8jw2/imgs/2/2/2268fa72.jpg" title="十字架の丘" target="_blank">十字架の丘
 木彫りのイエスキリスト。クオリティ的に日本のお土産でよく見る木彫りの熊を思い出します。


十字架の丘
 ローマ法王が訪れた1993年の記念碑でしょうか。

 ローマ法王が訪れたことでカトリック教徒にとっての聖地にもなりました。


十字架の丘
 なんか脇道があるのでメインの丘へは進まずこの道を行くことにしました。


十字架の丘
 道が分岐してます。割とすぐに見終わってしまうかと思ってましたが、これは結構見どころありそうな予感です。


十字架の丘
 ちょっと離れに十字架のある小屋がありました。

 あとで調べたらローマ法王が訪れるということで建てられた礼拝堂という凄い礼拝堂でした。もうちょっとしっかり見ておけばよかったです・・・。

 ちなみにここからちょっと離れたところに修道院があります。


十字架の丘
 丘を囲うように十字架が置かれてます。


十字架の丘
 十字架に挟まれた道。


十字架の丘
 丘と呼ばれるだけあって丘に上る階段があります。


十字架の丘
 見渡す限りの十字架です。地図を見ると左側には川があるようです。


十字架の丘
 磔にされていないイエス・キリスト像がありました。


十字架の丘
 青い十字架はかっこいいですね。


十字架の丘
 どこを行っても十字架ばかり。


十字架の丘
 外周を歩いたのでメインの正面?に戻ってきました。右のキリスト像でけぇえええ。

 ここで簡単に十字架の丘について紹介します。

 ここに最初に十字架が置かれたのは1831年で、ロシアに対する蜂起で犠牲となった人のための鎮魂ためといわれています。

 それから抑圧された民族や宗教の象徴の場となりましたが、ソ連時代には禁域とされブルドーザーでなぎ倒されたり燃やされたりと何度も破壊されました。全くソ連は・・・。

 それでもひっそり十字架を置き続け今までに生き残ったようです。そして1993年にローマ法王が訪問して聖地になり、2001年には『リトアニアの十字架の手工芸とその象徴』で無形文化遺産になっています。

 たまに世界遺産と紹介されてるサイトを見ますが、世界遺産ではありません。でもいずれなるんじゃないでしょうか。


十字架の丘
 十字架の丘はどこも管轄していない状態なので、いつでも誰でも出入り自由な状態です。真夜中でも行けます。

 そして十字架も自由に置き放題。

 十字架の数は約5万本というのをよく見ますが、これは見た感じ5万以上ありますよ。羅将ハンのように「5万本から先は覚えていない!」状態なのかと思ったら、英語のwiki見ると2006年には10万本超えたとの記載がありました。

 それでも情報としては古いですね。といってももう正確な数を数えるのは不可能かと思うので、10万本でよいかと思います。

 どこかが管轄すればアクセスはしやすくなるかもしれませんが、今のままでよいですね。




 それでは十字架の丘に上ってみましょう。


十字架の丘
 丘から見る風景。


十字架の丘
 丘の上にもキリストがいました。片手を掲げるポーズは珍しいかもです。


十字架の丘
 丘の上はより十字架の量が凄いです。最早置く場所無いくらいです。

 ちなみに左端に偶然写ってたのが修道院です。




 丘の上をさらに進みます。この道通れるの?なんて道もあります。


十字架の丘
 ここにはマリア像が3つありました。

 大きなマリア像、ケースで厳重に守られたマリア像、十字架掛けられまくりで辛そうなマリア像。


十字架の丘
 圧巻としかいえない光景です。


十字架の丘
 チャームやコインが置かれている石。


十字架の丘
 できれば十字架置きたかったんですけど、十字架を売っているビジターセンターはまだ開いてない。

 割り箸で十字架を作れると思い浮かびましたが、昨日ペヤング食べて使ってしまいました・・・。

 ということで十字架の丘に来た証として50円玉を置いておきました。


十字架の丘
 リトアニア人のNBA選手、ドマンタス・サボニスのユニフォームを着て記念撮影しました。


十字架の丘
 丘の上に上ると川が見えますね。


十字架の丘
 十字架が十字架で見なくなる状態。


十字架の丘
 大きな十字架が並ぶ地域。

 その下にはベンチがあるので疲れたらここで休めますね。背後にプレッシャーを感じてゆっくり休めそうにはないですが。


十字架の丘
 十字架の丘やはり来てよかったです。

 人がいない朝に来るのがお勧めですね。バスで来た我々日本人3人のほかには車で来た外国人の方が3,4人来てたのを遠目で見かけましたがすれ違うことはなく快適に見れました。

 人もほぼおらず曇りという雰囲気でしたが、特に怖いという印象はなかったです。別にお墓じゃないですからね。

 十字架の丘、アクセスは不便ですがリトアニアに行くなら絶対行くべき場所です!


十字架の丘
 そろそろ戻らないとバスに乗り遅れてしまうので帰ります。


十字架の丘
 ちょっとだけビジターセンターへ。まだ9時前なので開いてませんでしたけど。


十字架の丘
 十字架を売っている売店は開いてました。ただ買ってまた丘に置きに行く時間はありません。


十字架の丘
 ドマンタイのバス停に戻る途中、シャウレイからのバスの第2陣と思われる人々とすれ違いました。

 その中にはやはり日本人ぽい人がいましたね。第2陣は10人くらいと多めです。やはり行くなら始発ですね。


十字架の丘
十字架の丘
 ドマンタイのバス停に到着した頃にとうとう雨が降ってきました。

 傘は預けたスーツケースの中で、雨宿りする場所も無しですが、十字架の丘を観光中じゃなくてよかったです。第2陣の方々はかわいそうですが。


シャウレイのバスターミナル
 バス待ちは寒くて震えてましたが、本降りになる前にバスが来てくれてよかったです。ちなみにバスの運転手は行きと同じでした。

 そしてシャウレイに到着。5分後に出発するカウナス行きのバスに無事乗れましたー!

 朝から計画が狂ってどうなることやらと思いましたが、見事リカバリできてよかったです。我ながらよくやったと思ってますよ。

 マジでなんとかなってよかった・・・。


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