シャフリサブス
●5日目 2018年9月4日(火) 午後(ウスベキスタン日付)

 色んな廟を見た続きです。


 バスに乗って芝生で整備されただだっ広い公園にきました。

 ここはアク・サライ宮殿の跡地ということで広大な土地があるわけですね。

シャフリサブス
 ここに来る前の道には水路が整備されてました。これは観光用に作られたものでしょうね。


シャフリサブス
 遠くにやたらでかくて目立つ建物があります。これは気になりますね。


シャフリサブスのティムール像
 ここシャフリサブスはティムールの生まれ故郷ということでやはりありました、ティムール像。

 横でお花に水をやっているおじさんと比べると2倍以上の大きさはありますね。でかい。


シャフリサブスのティムール像
 このティムール像はティムール生誕660年を記念して1996年に建設されました。

 660年ってこれまたよく分からない数字・・・。とはいえ650年の頃はまだソ連時代だからなぁ。

 ティムール像が建つ前は第二次世界大戦で亡くなった無名戦士の碑があったそうです。


シャフリサブスのティムール像
 横から見たティムール像。

 しかし、この辺は日陰が一切なくて直射日光がきつかったです。近くに水場があって係の人?が打ち水をしてくれてましたが、あっという間に蒸発ですよ。


アク・サライ宮殿跡

 ティムール像の先へ進むとかわいい古民家がありました。


アク・サライ宮殿跡
 古民家ですが、観光用にここに建てられてものでしょう。

 でもきれいな感じなのでここでティータイムというのもよさそうです。


アク・サライ宮殿跡
 民族衣装を着た女性。おばあちゃんが急須を頭に乗せる技を見せてくれました。


アク・サライ宮殿跡
 そして目の前に現れた巨大建造物。アク・サライ宮殿で唯一残っている2つの塔です。

 これは凄い迫力でした。圧倒されます。


アク・サライ宮殿跡
 アク・サライ宮殿はティムールが夏の離宮として建てさせましたが、建設に24年掛かり完成したのはティムールが死ぬ直前だったそうです。

 残存している高さは約38メートルですが、当時は70メートルあったと推察され中央アジア最大の門だったそうです。破壊されたのは300年前頃。

 アク・サライとは「白い宮殿」という意味。実際白い宮殿というわけではなく、白が高貴なイメージがるということでそう呼んでたそうです。


アク・サライ宮殿跡
 ガラス張りで地面のタイルが見えるところがあります。


アク・サライ宮殿跡
 レンガが落ちてくるなんて話もありますが、塔の下ではお土産屋が開かれてましたので大丈夫なんでしょうね。日陰だし店開くのにいい場所なんでしょう。

 崩れ落ちた屋上には女性が泳ぐハーレムのプールがあったそうです。シンガポールで有名なマリーナベイ・サンズのようなものでしょうか。


アク・サライ宮殿跡
  装飾がボロボロですが、これはこれで味があって良いです。


アク・サライ宮殿跡
 後で知りましたが、この塔上れると旅行会社のガイドブックには書かれてました。本当かどうかは分かりませんが、上れるなら是非上りたかったですね。

 38メートルなんで階段がつらいですが、さぞかし素晴らしい眺めでしょう。


アク・サライ宮殿跡
 ここでアク・サライ宮殿跡を去る前にトイレ休憩。ちょっと離れたところに公衆トイレがあるのでそこへ向かいました。

 トイレで他のツアーの仲間を待っているとロシア軍人がいました。例の国際的音楽イベントの警備だそうです。

 ロシアの勝手なイメージと違ってとてもフレンドリーに会話してくれました。流石に写真はNGでしたけど。まさかウズベキスタンでロシア軍人と触れ合えるとは貴重な体験です。


アク・サライ宮殿跡
 トイレから集合場所の塔のところに戻る途中、なにやら陽気な音楽が流れてきて人が集まってたので行ってみると民族衣装を着た集団が楽しそうに踊っていました。

 ツアー仲間が一緒に踊りましたが私は撮影するだけ。


アク・サライ宮殿跡
 山羊がいました。


アク・サライ宮殿跡
 大きいので遠くからじゃないと全形が見れませんね。本当こんな建物よく建てましたよ。


アク・サライ宮殿跡
 城門も警備の人で沢山でしたが、我々は悠々と去ります。





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