カラーン・モスク
●4日目 2018年9月3日(月) 午前(ウスベキスタン日付)

 眺めのよいチャイハネでティータイムした続きです。


 カフェから眺めたモスクとメドレセを近くで見に行きます。

 まずはカラーン・モスクから。目の前にすると迫力ある大きさです。

カラーン・モスク
 モスクなので礼拝の時間が表示されています。古い建物のモスクにデジタル表示は違和感ありますが。

 文字が違うから世界各国の次のお祈りの時間なんでしょうかね?唯一読めるACPは「Africa, the Caribbean and the Pacific」のこと?


カラーン・モスク
 モスクの中に入ると中庭があります。真ん中にポツンと木があるのがいいですね。ムスリムではないので一見だだっ広い空間にしか見えませんが、なんか神聖な感じがします。

 広さは1ヘクタールで1万人の信者の収容が可能とのこと。ちなみにカラーンとは「大きい、偉大」という意味でここもそのまんまネーミングの建物かと思いましたが、実際は「偉大」という方の意味が込められているそうです。


カラーン・モスク
 泉水堂(手足を清めるための泉)。

 ロープがはってあって中を覗けませんでしたが、金曜にムスリム向けに使えるようにしているんでしょうかね。


カラーン・モスク
 玉ねぎ型のドームがあるのが礼拝室です。これはその手前のイーワーン。


カラーン・モスク
 礼拝室側から見える風景。カラーン・ミナレットが見えます。

 カラーン・モスクが最初にこの地に建てられたのは8世紀頃。その後13世紀のモンゴル襲来により破壊されました。あまりの大きさにチンギス・ハーンが宮殿と勘違いして壊したという話も。

 現在の形は16世紀のシャイバーニ朝の時代に建てられたもの。

 ソ連支配時代は宗教が否定されていたので倉庫として使われてボロボロになりましたが、1970年代から修復がされ始め、独立後に新品同様に修復されました。

 相変わらずソ連は酷いですな。


カラーン・モスク
 カラーン・モスクのミフラーブ。


カラーン・モスク
カラーン・モスク
 この礼拝室からの見る風景が撮影スポットとして人気だそうです。なので観光客もぞろぞろ集まってなかなか人がはけませんでした。

 しかし、確かに撮影スポットといては良いです。


カラーン・ミナレット
 カラーン・ミナレット。46.5メートルとブハラで最も高い建物です。

 最初に建てられた時は地盤の脆さが考慮されておらず完成間近に倒壊したそうです。

 モスクはモンゴル帝国に破壊されましたが、ミナレットは破壊を免れたそうです。ガイドさんの話によると、チンギス・ハーンがミナレットを見上げた際に帽子が落ちてしまい帽子を拾うために膝をついてしゃがんだことで「このミナレットは私を膝まずかせた」ということになり破壊しなかったとか。

 19世紀後半まで死刑囚を袋詰めして塔から落とすという処刑をしていたので別名「死の塔」と呼ばれています。私が歩いている地面で何人も処刑されてると思うとかなり恐ろしい場所じゃないですか。

 現在は入れませんが、昔は入れたらしいです。上って見たかったなぁ。


ミル・アラブ・メドレセ
 さてお次はモスクは反対側にあるミル・アラブ・メドレセを観光します。

 ヒヴァで沢山メドレセを見ましたが、このメドレセの迫力は桁違いです。

 こちらは16世紀頃に建てられました。こちらも修復により今の形を保っています。


ミル・アラブ・メドレセ
 こちらのメドレセは現役のメドレセとして使われているので入り口までしか入れません。

 宗教が禁じられたソ連時代もメドレセとして使われていた貴重な神学校です。モスクはダメでも神学校はOKって基準が分かりませんね。


ミル・アラブ・メドレセ
 覗けるのはここまで。


ミル・アラブ・メドレセ
 生徒がうろついてるとこは見れませんでした。


ミル・アラブ・メドレセ
 メドレセの様々な様子の写真が展示されています。

 このメドレセに入学できる子はかなりの高学歴ってやつになるんですかね。


ミル・アラブ・メドレセ
 巨大アーチの天井部。レンガが積み重なっている様子がよく見えます。本当凄い建築技術ですよ。


Minor Cafe House ブハラ
 先程お茶した「Minor Cafe House」が見えました。遠くから見ると結構広く見えますね。

 ここはブハラに来たら必ず訪れる観光スポットなので土産売りがいて声を掛けてきます。ポストカード売りの子供とかちょっと断りづらいです。まぁ大した値段じゃないと思うので買ってあげてもいいと思いますが。





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