3a561c28.bmp1993〜1994 7年目
 チーム再建屋、ラリー・ブラウンがHCに就任。チームはレジー入団以来最高成績。そしてレジーはチームリーダーとして3P%は3位、FT%2位。得点は少々落ちたがリーグ17位で通算1万点突破。そしてバード以来二人目のシーズンFG%5割以上、FT%9割以上を達成。シュレンプ放出でD・マッキー獲得。
 
 そしてプレイオフはFRで若きマジックをスイープで退き、その勢いでCSF(カンファレンス・セミ・ファイナル)でホークスを4−2、一気にCF(カンファレンス・ファイナル)まで駒を進め、相手は因縁のニックス。 
“ミラータイム”がこの時開始したのだ。シリーズ2−2でのゲーム5で4Q時点で12点差。そこでレジーは4Qだけで、3Pを5本決め25点獲得して大逆転劇を演出し、ニックファンを黙らした。(動画参照
 
 ゲーム終了後の名言「Spike,who?」
しかし、残念ながらそこから2連敗し、ファイナルへの道は閉ざされた。

HC ラリー・ブラウン
47勝35敗 ディビジョン3位 イースト5位
CF進出



3a561c28.bmp その夏トロントでの世界選手権に3人のキャプテンの一人としてドリームチーム響出。レジーは得点でシャックに次ぐ17.1でチーム2位。更に3Pは50%を上回る好成績。
 
 ドリームチーム気里茲Δ憤掬歸な強さを誇ったが、若手中心のメンバーということでカリスマ性はなく、ケンプ、LJ、ZOにトラッシュトークなど品のない行為が目立った。
 トラッシュトークといえばレジーだが、世界舞台ではデュマース、プライス、KJなどと供に礼儀正しさを見せた。チームワークはよいとは言えない状況であったが、決勝のロシア相手に42点差をつけ金メダルを持ち帰った。





3a561c28.bmp1994〜1995 8年目
 レジールーキー時代の新人王M・ジャクソンをトレードで獲得。恐らくこのシーズンがレジー個人の最高のシーズンではないだろうかというスタッツ。
 
 なんとオールスターにスターターとして出場!(イーストのスターターはペニー、レジー、ヒル、ピペン、シャック。ジョーダンは野球をしてました。)3Pコンテストでは準優勝(8人中。優勝はG・ライス)。
 3P成功1000本(史上3人目)を達成し、6シーズン連続100本は史上初。3P成功率は15位、FT%は4位、リーグ17位の得点を残しオールNBAサードチーム入り。チームも初のディビジョン制覇!
 

 プレイオフではまずFRでホークスを一蹴し、CSFでは3回目の対戦となるお馴染みのニックス。ゲーム1からテクニカル8つ、ファウルアウト2人と大荒れであった。
 そこで昨年イ続き伝説のプレイ(動画参照)ミラータイムが始まった。残り16.4秒、105−99とニックス6点リードの場面。 レジーはここまでFT13本中12本決め23点だったが、すこぶるFG%が悪く3Pも1Pしか決めていなかった。さらに34点とったスミッツがファウルアウトと最悪な状況。
 

 ジャクソンのインバウンズでレジーは3Pを決め3点差にすると、エンドラインからのインバウンドパスをスティールしたレジーは3Pラインの外側までわざわざ戻ってからシュート放ちこれもネットに沈めた。この時点で残り13.3秒、わずか3.1秒で6点あった差を0にした。

 同点となりペイサーズはすかさずファウルゲームにかかるためスタークスにファウル。だがスタークスはFTを2本とも外し、そのリバウンドを取ったユーイングも外しボールはレジーの元に。すぐにファウルされFT。スタークスとは正反対に見事2本沈めゲームオーバー。
 レジーは8得点を8.9秒で決めたこととなった
 

3a561c28.bmp この日終始レジーとトラッシュトークをしていた熱狂的なニックスファンの映画監督スパイク・リーにゲーム終了後、レジーは「Choke Artist!」(ビビリの専門家!)とクビを絞めるジェスチャーで連呼した。

ゲーム後のインタビュー
「悪い奴でいるのが好きだ。それで何も問題ない。」
「状況は決してよくなかった。でも、バスケットボールは、ブザーが鳴るまでゲームオーバーにならない。」
「偉大と呼ばれるすべての選手が、最高潮に達した瞬間をもつものなのさ。ジョーダン、マジック、バードは誰もが思い浮かべる瞬間を持っているだろ。」


 シリーズはゲーム7までもつれ、見事昨年のリベンジを果たした。CFの相手はシャック、ペニーようするマジック。こちらもゲーム7までいったが、悲願のファイナル出場は果たせなかった。ちなみにマジックはオラジュワン、ドレクスラー率いるロケッツにスイープされる。

HC L・ブラウン
52勝30敗 ディビジョン1位、イースト2位
CF進出



3a561c28.bmp1995〜1996 9年目
 ブルズが圧倒的強さをほこり72勝したシーズン。(プレイオフでも3敗のみ)だがその10敗のうち2敗はペイサーズが付けたもの。そのうちホームが一つ。ブルズはホームで2敗しかしていない。チームも2年連続カンファレンスファイナル出場は伊達じゃなく、歴史に残る乱闘をしながらも50勝を超える。
 
 ミラーは監督推薦でオールスターに2年連続出場。
オールスターで自分のウェイトトレーニングについてのコメント
「僕はやっていないよ。これ以上体重を増やしたら、今まで守れたプレイヤーたちをディフェンスできなくなっちゃうよ。ジョーダン、ペニー、リッチモンドみたいにうまくてクイックネスを持っているプレイヤーみたいにマッチアップするのは今でも大変なのに・・・。筋肉はいらないよ。重さは、今の僕にはマイナスにしかならないからね。」


 FT%8位、得点18位でサードチームに。しかし4月13日デトロイト戦でソープとヒューストンにぶつかり脳震盪。右眼窩骨折し右目を手術
 3週間後の復帰と見られたが、FRでシリーズが2−2となり、目を守るゴーグルを使用し強行出場。そしてミラータイム開始!29点(4Qに16点)をあげる。3Pでファウルを貰いFT3本沈め2点差。残り11秒でダブルチームに合いながら逆転の3を放つが、決めることが出来ずFR敗退。


HC L・ブラウン 
52勝30敗 ディビジョン2位 イースト3位
FR敗退
*ラプターズ加入で、イースト15チーム

 


3a561c28.bmp その年アトランタオリンピックのドリームチーム靴箸靴道臆叩ケガは完治したがゴーグルを付けたままゲームに出場。レジー曰く「ゴーグルをかけなくても大丈夫なんだけれど、シャックやマローンといった連中に目を叩かれないように、念のためしているんだ。」ゲーム中にゴーグルありやなしなど実験を試みる。レジーはチーム3位の得点アベレージ。
 
 ドリームチーム気ら5人とベテランと若手というチームでバークリーがリーダー的存在でチームワークは悪くないがなかなか噛みあわなかった。だが、決勝ではディバッツ率いるユーゴに勝ち金メダルを獲得。





3a561c28.bmp1996〜1997 10年目
 契約がうまくいかず、キャンプ直前の9月30日4年で3600万ドルで契約完了。
「やっと片付いてうれしいよ。みんなキャリアをスタートさせた場所で現役を終わらせたいとも思う。」とコメント

 
 だがここ数年トップチームだったペイサーズは下位に急転。M・ジャクソンを放出し、J・ローズを獲得。しかし、主力のスミッツが30ゲーム欠場、マッキーをケガで欠き、若いT・ベスト、E・ダンピアーは使えず、結局ジャクソンを呼び戻した。
 しかし調子を取り戻せず、7シーズン続いたプレイオフ出場は途絶えた。
レジーの個人成績は昨年より上回る。3Pの成功率6位、成功数1位。FT%6位。平均得点13位。15000点突破。しかしレジーには更なる不幸が起こる。家が火事にあい、金メダルを消失。
 M・ジャクソンがストックトンのアシスト王10連覇を阻止。それはナゲッツ時代のアベレージがよかったため。

HC L・ブラウン
39勝43敗 ディビジョン6位 イースト10位

3a561c28.bmpシーズン終了後、ブラウン辞任(シクサーズ再建へ)。そしてインディアナ出身の伝説プレイヤー、ラリー・バードがHCに就任。
「インディアナは、自分がコーチしたかった唯一のチームで、新しいチャレンジとキャリアについて、とてもエキサイティングしている」とコメント。しかし、バードはコーチ経験が全くなし。ライバル、マジック・ジョンソンはレイカーズのHCになったが、失敗している。
 さらに現インディアナHCのR・カーライルも同時にACに就任


どうなるペイサーズ?
ポッチットナ